ネパールとの出会い

97年初めて観光でネパールに行き、ヒマラヤと穏やかな人々にとても感銘をうけました。帰国後ヒマラヤ保全協会に入会し、講演、語学講座などでネパールの紹介を始めました。

 

その後、01年に初めてスタディツアーを企画し、現地で、ある学校を訪問したところ、生徒たちが艶やかな民族舞踊を披露してくれました。参加者は皆、日本では見たことのない情感豊かな踊りに驚きました。帰国の途、あの舞踊を北海道に紹介しようという話になり、帰国早々ツアーメンバーたちで準備を始め9ヶ月後の秋、道内5市町で舞踊公演「サパナ」を行い、舞台、交流すべての面で大成功をおさめました。

 

終了後間もなく、来日メンバーのリーダーから村の診療所の開設を支援してほしいと、要望が届きました。私たちは、公演成功のお礼の意味も含め支援することを決めました。そのために団体を設立することとし、その名前は、舞踊公演のタイトルからとって「サパナ」としました。02年5月のことでした。ところが、間もなく現地チームから出てきた実行予算は、初めに聞いた120万円の5倍!我々は、増額は不可能と伝えましたが、私たち自身にもなんとか実現したいという気持ちがあり、補助金などを探し始めました。ところがその途中、舞踊公演経費の不正、リーダーが率いる診療所チームと他の村人たちとのトラブル等がわかってきました。そしてそれは、ネパールでの外国援助が引き起こす、王室から庶民にまではびこる負の構図そのものだったのです。


友情だけで始めてしまう「援助」のもろさを知り、それにより途上国の人々が受ける弊害をも実感し、私たちは支援を中止しました。一般人がやる援助の前には、“その国と人を知ること”が何よりも重要だったのです。我々はその教訓を生かすため、「サパナ」を異文化理解を進める団体としてスタートさせることにしました。


多くの日本人は、発展の途上で「幸せ」と「豊かさ」を交換してしまったことに気づいています。途上国に旅した人々は、よりはっきりとそれに気づきます。しかしそれらの国々も日本的発展の方向に動きつつあることも事実です。サパナの役割は、日本人のその気付きを途上国の人々とシェアし合うことにもあります。数十年の時差を持つ両国の人々が、お互いの現状を理解しあうことで、社会の進歩のよりよい方向を見つけていけるような場を作っていきたいと考えています。

 

2011年2月 ヒマラヤ圏サパナ 三浦博志